法話

子年の千手観音菩薩

阿部憲裕 慈眼寺住職(東京都葛飾区)/東京3号仏青会長

仏教では、干支ごとに守り本尊がおられるといわれております。守り本尊様は、それぞれの干支に属する人々を開運へと導き、厄除のための守護をし、祈願成就を助けてくださいます。

今年の干支は、子(ねずみ)年。守り本尊は、千手観音菩薩です。

この観音様は、無数の手を持ち、その一手一手に目がついていることから千手千眼観音ともいわれます。千手とは、数限りない人々の願い事を叶え、人々の苦悩を全て救いとるという意味であり、観音様の慈悲とそのお力の広大さを表わしています。

平安時代に数多くの仏像が造られた千手観音菩薩は、聖観音の変化身であるといわれ、観音の王様という意味である「蓮華王」という別名を持っています。
同じく平安時代の文献『梁塵秘抄』のなかでは、「万の仏の願よりも、千手の誓いぞたのもしき」と記され、昔からその霊験あらたかな現世利益を得ようと、大勢の人々に篤く信仰されてきました。

埼玉県の狭山湖畔にある山口観音では、そんな平安時代の千手観音菩薩に参拝することができます。

山口観音は、正式名称を吾庵山金乗院という真言宗豊山派のお寺です。その草創は約1200年前の弘仁年間(810〜823)に遡り、東国を巡錫した行基菩薩によって開基されたと伝えられています。

本尊である千手観音菩薩立像には、当地を訪れた行基菩薩が、光輝く霊木に千手観音を感得し、その姿を刻んで安置したという伝承があります。
その後、湯殿山へ向かうお大師さまが当地にさしかかった折、白髪の老翁から行基の千手観音について告げられ、堂宇を建立したということです。

お大師さまは、この地を千手ヶ谷と称し、「一心に観世音を信ずる者には、必ず諸願を成就せしむ」と伝えられました。境内には、お大師さまの徳に感じて龍神が湧かせた「弘法大師加持水」という霊泉があり、現在も弘法大師伝説を目に見えるかたちでとどめています。

行基菩薩作である山口観音の本尊は、秘仏であることから拝見できませんが、その代わりに市指定の有形文化財である裏観音が常時開帳されています。これが平安時代後期の作、往時の信仰を偲ばせる二本の腕を上にあげた観音様です。

そういえば、去年、豊山仏青50周年記念事業の一つである『求道求法の道を訪ねて 〜青龍寺送り大師〜』で訪れた中国唐代の仏教史跡・龍門石窟にも、千手観音菩薩がいらっしゃるそうです。いよいよ新しい年の始まりです。新しい年に、子年の守り本尊である千手観音菩薩様にお参りされてはいかがでしょうか?