WEBサイト編集委員会田中妙和がインタビュアーとなり、
栃木県栃木市にあります東光寺にて、市村直哉師にお話をお伺いしました。
 第十二回 お坊さん数珠つなぎ
市村直哉師
 


御紹介

東光寺副住職

しずわでら幼稚園管理職
http://shizu-kid.com/

栃木一号仏教青年会会長




田中
 お久しぶりです!市村さんには、私がお坊さんになった頃からお世話になっているので、とても楽しみにしていました。よろしくお願いします!

市村
 よろしくお願いします!

田中
 まずはお寺のお話からお願いします。

市村
 東光寺は、1543年の開山と伝わっています。市村家がやるようになってからは、僕で4代目。ご本尊様は不動明王で、江戸時代くらいに作られたもの。
 でも一昨年、本堂が火事になって、ご本尊様も燃えてしまったんだ。今は客間を仮本堂、不動明王の掛け軸をご本尊様として法要はやっているよ。
 あと本堂にあった龍が描かれた欄間は、岩船町の重要文化財に指定されていて狩野派(※)の誰かが描いたらしいよ。栃木にいた人らしいけど、それも詳しいことはわかんないんだよね。

(※)狩野派…室町時代中期から江戸時代末期まで活動していた、日本絵画史上最大画派


不動明王掛け軸



田中
 それはつらいですね……。ちなみに火事になったのはいつだったんですか?

市村
 2013年8月31日。次の日が大きな法要だったからよく覚えている。法要ができないっていう連絡をお坊さん方にするにも、電話帳も燃えているから、連絡先がわからなくて、とりあえず携帯電話に入っている人に電話したんだ。
 そのあと、近くのお世話になっているお坊さんが様子を見にきてくれて、みんなに連絡してくれたんだよ。

田中
 何よりも命がご無事でよかったです。

市村
 そうだね。土曜日だったから、隣接する幼稚園(※)の園児もいなかったし、けが人はいなかったんだけどね。子供が幼稚園にいる時間だったら、本当に大参事だったよね。

(※)幼稚園…東光寺さんが運営している静和幼稚園

田中
 ご近所に被害はなかったんですか?

市村
 周りに梨農家が多くて、梨のネットを燃やしてしまいました。それでも近所の人には本当に色々と助けてもらったし、お礼と謝罪のごあいさつは一カ月くらい続いたかな。

田中
 ほかに大変だったことはありますか?

市村
 何よりクレームの電話がすごかった。燃えちゃった直後は、建て直す話もできない状況なのに、「寄付が50万なのか?」とか「戒名によって額を変えてるところもあるんだろう」とか、そんな噂が出回って。「幼稚園の保護者からも集めるらしい」みたいな根も葉もないような噂が広まった。本当に、ずっとクレームの電話が鳴りっぱなしだった。あとは、庫裡のガラスが割られたり、車の窓も割られたり、うちの子供が公園で遊んでたら、知らないおじさんに罵声浴びせられたりね。

田中
 え!?お子さんだってまだ1歳の時の話ですよね?全然関係ないじゃないですか!信じられないですね!!

市村
 それで妻もノイローゼ気味になっちゃってね。そういう感じがずっと続いていたかな。正直火事になる前は、そこまでお寺として根付いていなかった。幼稚園をメインにやっていたから。お檀家さんの気持ちが離れているのは、確実にわかっていた。
 でも、それじゃまずいから、どうしようかって思っていた矢先、火事がおきてしまった。

 そこで、お檀家さんに応援してもらえるように、「本堂建てたいね」って思ってもらえるようなお寺じゃないとダメだと思って、まず法要のやり方を変えたんだ。例えば、ただお経を唱えていたのを、「これは○○ですよ」って説明を言ってから唱えるようにしたりしてね。
 法話も苦手だったけど毎回するようにした。そういう形でとにかくお檀家さんにお話をすることを大事にしはじめたんだ。

 それと、今まで出ていなかった法事や葬儀の後席にもなるべく出るようにして、お檀家さんの不満を聞いて、さっき言ったようなまったく違う噂を聞いたら、それは違いますよって訂正をしたりしてね。
 最初は、建設委員会に入った人たちの8割が「寺に本堂なんかいらないだろう」って考えの人ばっかりだったけど、少しずつ変わってきてくれたかな。

 そこから少しずつ、苦手なりにお檀家さんの前でお話ししたり、建設委員会の前にも小話をしたりするようになって、段々と信頼してもらえるようになった。それからは一人ずつ応援してくれる人が増えたかな。

田中
 変化に気が付いてもらえたんですね。普通、気が付いてもらうには、結構な年数がかかってしまいそうですけど。

市村
 2年くらいかな。前までが、かなりひどい状況だったから(苦笑)葬儀をやるにしても、住職から戒名だけ聞いて、法話もせずに葬儀だけやって帰っちゃっていたから。今思えば、最低のお坊さんだよ。
 逆に元々ちゃんとやっていれば、そこまで反対もなかっただろうけど。だから、東光寺としては、お寺をちゃんとしていくきっかけになったかなと思う。ちゃんと相手の話を聞いて、こちらも話をすれば、理解をしてくれるんだなと。

田中
 そういえば、前はお寺から離れた幼稚園で園長をされていましたよね?

市村
 火事になる前は、お寺から少し離れた藤岡の幼稚園の園長を僕がやっていて、お寺の近くの静和幼稚園を弟がやっていた。
 火事になってからは、お寺の再建のためにお寺の近くに居たいから、静和幼稚園に僕が移ってきて、弟には藤岡の幼稚園に行ってもらった。
 今はお寺に力を入れたいから、静和幼稚園の園長は僕のおばさんにお願いしているよ。住職は理事長でね。
 それと、もともと地域の児童館にも関わってきたんだけど、そこは幼稚園をやっていた部下のひとりに引き継ぎました。

田中
 本堂の作りをどうするかは決まっているんですか?

市村
 大体の図面はできていて、檀家さんや色んな人の力で本堂が建ったことを後世に伝えたい。そこで、寄進をしてくれた人の名前を屋根の銅板に刻む予定。
 今回のことで、お寺は誰のものなのか、お寺にとって、檀家さんがどれだけ大切なのかを改めて知ったよ。


火事にあった本堂



田中
 では、そろそろ、青少年研修(※)などのお話を。

(※)小学生から中学生までの子供たちに、仏教に触れてもらう研修会。地区仏青の活動ページ(http://www.bussei.gr.jp/dayori/dayori1.html)をご参照ください。

市村
 僕は、今36歳だけど、最初に企画を任された時は28歳で…20代の頃って血気盛んじゃん?(笑)
 「青少年研修はこうしたい!」っていう思いがすごく強かったかな。子供と接するのは幼稚園をやっているから得意だったんだけど、運営とかについては全然わからなくて、しかも上のお坊さんが抜けて、若手のお坊さんが一気に入ってきた時期だったから。
 栃木一号仏教青年会の若手のお坊さんたちは思いが強いからさ。とにかく「こうやりたい」って思いが強くてぶつかっていた記憶があるね。

田中
 市村さんはどうやりたいと思っていましたか?

市村
 僕が、青少年研修のコンセプトとしていたのは「Return to temple」。
 お寺っていうと子供は「怖い、行きたくない、おばけ」ってイメージがあると思うんだけど、青少年研修をきっかけにして、今度はおじいちゃんの法事があるから行ってみようとか、お施餓鬼があるから行ってみようとか、あのお坊さんに会いたいから行ってみようって言われるような、きっかけになるべきだと思っていた。
 でも、他のみんなとしては、発心式(※)を儀式的にちゃんとやりたいとか、年配のお坊さんに失礼のないようにやりたいとか、そういうのがあって。

(※)仏さまとご縁を結ぶ儀式


田中
 みんな根底は一緒なんですけど、ひとりひとりが重きを置いているところが違いましたよね。

市村
 だから、意見がまとまらない。じゃあそんなに食事が大事なら、その思いを持つ人が食事の担当者になればいいと思った。法要がそんなにやりたいなら、子供たちが興味を持つように、自分たちで工夫して、自分の理想の形を考えられるように法要担当になってもらったり。分担制に変えたのね。

田中
 分担制には、いつから変えたんですか?

市村
 僕が任されるようになって、5年目くらいかな?僕も手探りでやっているなかで、みんなの意見を聞いて、俺が全部処理するのは限界だった。何年かかけて分担制に変えたんだよね。
 でもまあ、やらせてみたらみんなボロクソに失敗する(笑)感想文を見ると「超つまんなかった!もう来ない!」って(笑)

 それで、自分のやり方が違うと感じる。それからは、子供たちに興味を持ってもらうとか、とにかくお寺にいいイメージを持ってもらうっていうコンセプトが、みんなの中で固まりだしたかな。
 何でも責任もって担当してみないとわからない。「子供に肌身離さず持っていてもらえるような手土産を作りたい」とか、「他の活動でこんなのを見たからアレンジしてやりたい」とか、意見をうまく形にできるようにもなってきた。
 逆にもうここ2~3年、僕はなにもしてないから、少し寂しいよ(笑)

田中
 ちなみに、今後はどうなってほしいですか?

市村
 青少年研修実行委員会の会長は新しい人に変わったんだ。みんな「市村さんがやってきたことを続けたい」っていう気持ちが強いけど、そんな思いは持ってほしくない。やりたいことをやってくれればいいなって思っている。
 だって、僕が作った体制なんて、ここ数年のことだし、それがゴールとは思ってほしくない。

田中
 ちなみに、今年はどんなことを?

市村
 今年は30回記念だから、法要を子供に魅せつけるって法要担当が言っていた。太鼓など色んな楽器を使って、珍しいお経も唱えて「こんなの聞いたことないだろ!?」って(笑)
 見せたいものを全部いれ込んでいるから、法要としての形はかなり特殊だと思うけどね。昔は、こんなことをしたら年配の人に失礼だとか考えていたけど、今は子供にどうみられるかの方を大切にしてくれているみたい。

田中
 今年は栃木一号仏青の会長になられたわけですけど。青少年の時のように、若手のお坊さんが育つような場を作っていくんですか?

市村
 そうだね、出てきてよかったなって思うような場所は作りたい。
今年は視察旅行と法要と公演の3本立てで活動を行っているんだけど、それも担当をたてた。
法要担当は、法要の得意なお坊さんに、視察は新人のお坊さんに、公演に関しては自分が担当して、集まっては打ち合わせをしている。
 視察旅行とかなら、失敗できるでしょ?だから、失敗ありきで組み立ててもらっている。

 募集に関しても、プレスリリースのやり方とか、宣伝文章の構成を伝えるようにしている。僕は、お寺とか幼稚園とかでやり方を知っているからね。頑張ってくれた人には、力になる何かを残してほしい。僕ができるのは自分の知識を伝えるくらいだからね。それで、「じゃあ次は俺が責任者やりたい」って流れを作りたい。

 仏教青年会という若手の集まりだからこそ、失敗してもそれを糧にできる。僕たちは年の差はあるけど、同じ思いをもっている同士でしょ。仏教青年会は会社じゃない、仲間は部下じゃない。
 逆にいえば、今しか失敗できないんだ。お寺の住職になったら「失敗しました、ごめんなさい」じゃ済まないからね。来年も担当してくれる子の中で、役に立ちそうなものを教えながら、失敗できる責任者として経験を積んでもらえれば嬉しい。

田中
 視察旅行はどこに行ったんですか?

市村
 今回は、H-1グランプリがあるから、法話会のある寺に行くことだけ指示を出したら、担当の子が巣鴨の眞性寺さんで若手僧侶がやっている法話会を聞きにいきましょうって企画を作った。

田中
 若いお坊さんによる法話会ですか?

市村
 そうそう。たどたどしい感じで、きっと伝えたかったことも伝えきれなかったんじゃないかなって思う場面もあった(笑)
 でも、自分よりも若いお坊さんが人前で頑張っている姿を見て勉強になったんじゃないかな?

田中
 栃木一号のみなさんって熱いですよね。これを習得して帰りたい、こういうことを頑張ってみたいっていう思いが強いというか。

市村
 あはは。思いが強すぎてぶつかっちゃうときもあるけどね。みんな頑固だし(笑)

 
インタビュー時の市村師




田中
 先ほど、ちょっとお話にもでたH-1グランプリなんですけど、どういうものなんですか?

市村
 栃木一号仏青のみんなに法話をうまくなってもらうために、ひとりずつ法話をしてもらって、評価してもらって、勝ち進んでいくという企画なんだよね。でも、いきなりだとみんな怖気づいちゃうから、まずは講師の先生に見てもらおうと思っている。

 予選本選をするとなると、話材が2つ必要じゃないですか?それって初めにしては結構ハードルが高い。
 だから予選(※)は、どこかのお寺さんで法話をして、評価してもらって、その中で勝ち抜いた人を代表にして、今度は本選でどこかの舞台で法話を披露してもらうことを考えている。
 本選で話すのは、予選の時と同じ話でもいいと思ってるんだ。なぜかというと、ひとつの話でも、自分のなかでこれだけ磨けば、ここまで人の心を動かせるものになるんだっていうのを感じてもらいたいし、ひとつ話を磨きあげた自信をもってほしいって思っている。まあ一回目は、それでいいかなって思って。

※取材後、本選のみの変更になりました。

田中
 いいバランスですね。ハードルを与えるところと、抜くところの加減が。

市村
 一回目だからね。これで形が整ってきて、段々スキルもあがってくれば、もうちょっとハードルをあげた本格的なものにしてもいいけど、一回目からレベルをあげちゃうと多分誰も参加してくれなくなっちゃうから。だって今の時点で、みんな嫌だって言っているもん(笑)
 
 でも、さっきも言ったけど、仏青って、まだ失敗していいところだから。実はその失敗が一番いい経験だからね。

田中
 ちなみにその本選は、誰でも聞きにいけるんですか?

市村
 まだ決まってないけど、そうしたいかな。2017年の1月2月あたりにやりたいかな。

田中
 では、栃木の若いお坊さんの話が聞きたい方は、ご連絡ください、と告知しちゃっていいですか?(笑)

市村
はい、よろしくお願いします(笑)


お堂と色付くいちょうの樹



田中
 では、最後に仏青会員や若い世代の人たちに伝えたいことはありますか?

市村
 いつでも何か変わったことをしたいと思っているんだ。仏青は失敗してもいい場所。たとえ失敗しても、仏青の中なら「今度は違う方法を試してみよう」って次につなげられる。
 むしろ、失敗して色々な勉強や経験ができる貴重な場所があるのに、そこに出ない人って勿体ないよね。今の自分があるのは、先輩に沢山のことを教えてもらえたから。今度はそれを若い子に伝えていきたいと思うよ。
 若い時にしかできないことなんだ。色んな所に出て行って、失敗してほしいです。



水子地蔵


 火事に遭い大変な思いをされた市村さんでしたが、それをきっかけにお檀家さんの信頼を回復することができたのも、市村さんのおおらかな人柄のおかげもあったように感じました。
 また若手を育てる立場の考えも教えていただき、とても学ぶことの多い時間になりました。貴重な時間をありがとうございました。