地区仏青だより

埼玉3号仏青 活動報告

 

令和7年度 活動報告

令和7年度の埼玉3号仏青の活動をご報告いたします。

令和7年度の研修では鹿児島県の知覧特攻平和会館を拝観し、会館に隣接する特攻平和観音堂にて観音経をお唱えして戦没者への慰霊と世界平和への祈りを捧げました。

特攻平和観音堂は恒久平和を祈念するために旧知覧飛行場跡地に建立され、堂内には観音様が安置されています。観音様の体内には特攻勇士の芳名録が奉蔵されており、そのお姿は大和法隆寺の「夢違観音」を模したものです。この観音像の開眼供養が東京音羽護国寺貫主様によって昭和27年に営まれていることから、豊山派とも深い縁があるといえます。

私たちは「戦後」が永遠に続くことこそ戦没者への供養であると考え、現地で深い祈りを捧げました。

3月1日には「御影供理趣三昧」の聲明コンサートを「祈りを紡ぐ聲明、いのちを結ぶ声」という副題のもと狛江エコルマホールにて厳修いたしました。この法会は、先の大戦における戦没者の慰霊と恒久平和への祈りを込めて執り行いました。

 

 

令和6年度 活動報告

2025年3月6日に川島町廣德寺にて庭儀曼荼羅供を厳修いたしました。曼荼羅供は、両部曼荼羅を供養する法会を指し、丁寧には「大曼荼羅供」、略して「曼供」とも称します。弘法大師さまが弘仁12年(821)に修されてより、新写の曼荼羅を開眼する法会をはじめとして、本尊供養、堂塔伽藍の新造や改修の慶讃、祖師先徳等の追善廻向のためにも広く修行されています。

今般の曼荼羅供では、一切の省略をせずに、また庭儀も伴って修行したため、およそ5時間にも及ぶ大法要となりました。近年、長い法要は敬遠されがちですが、導師、職衆、承仕、十弟子等、直接法要に出仕した人数が34名、随喜衆が13名、合計47名の方々にご出仕いただきました。

今回の曼供を修行するにあたり絶大なるご支援ご協力を賜りました、講師の粕谷善通先生を始めとする事相研究所の皆さま、養成所研修生の皆さま、埼玉3号宗務支所の皆さま、大正大学学生諸氏に謹んで御礼申し上げます。

 

 

令和5年度 活動報告

2023年6月17日、弘法大師御誕生1250年記念事業として小平市民文化会館 ルネこだいら にて聲明公演を行いました。孤嶋由昌大僧正を御導師さまにお招きし、迦陵嚬伽聲明研究会の皆さま、埼玉3号仏青OBの皆さまにもご出仕いただき、二箇法用付大般若転読会を厳修いたしました。また法会に際して総本山長谷寺より十一面観音さまの大画軸をお借りできたことにより、長谷寺観音堂のようになったステージに豊山聲明が響き合いました。

 

 

令和元年度 活動報告

2020年3月12日、京都の真言宗智山派千本釈迦堂大報恩寺さまにて常楽会を主催いたしました。常楽会とは釈尊が伏して入滅なされた場面を説き、その徳を称えた『四座講式』(明恵上人作)を読誦するのが法会の骨子となっています。今回の法要では国宝の御本堂に涅槃図を奉懸し、『四座講式』の内、総本山長谷寺の現行法則に倣い「涅槃講式」のみの一座講を四箇法用も合わせて五時間近くに渡り厳修いたしました。

この度の勝縁では、智山聲明の大成者であられる瑜伽教如智積院第47世能化(1847~1928)が大報恩寺の住職を務めており、瑜伽能化は昭和2年(1927)に根来山大伝法院に於いて青木融光大僧正(1891~1985)へ『四座講式』を伝授された関係があったことから同寺を会所としてお借りすることができました。

当会ではこの日に向け、新井弘順先生と田中康寛先生を講師に迎え1年間かけて研鑽を積みました。新井先生を囲んで勤めたこの法会が成満できたことによって、釈尊を恋慕した明恵上人の只管に仏を慕う御心に触れることが叶いました。そして先徳の遺風を受け継ぎ、さらに隔世の師である瑜伽能化へ報恩謝徳の誠を捧げることができました。

 

 

西日本豪雨災害ボランティア活動の報告

平成30年8月7日に西日本豪雨の被災地の一つである宇和島にて、埼玉三号仏教青年会の有志でボランティア活動を行ってきたのでご報告をいたします。

 

 

ボランティア活動では宇和島市社会福祉協議会の指示のもと、宇和島市内の個人所有倉庫内の不用品搬出や床下の泥除き作業を行いました。倉庫内はまだ湿っており暑く蒸していて、防塵マスクがとても息苦しく感じました。また倉庫内の床には所々穴が空いていて、踏み抜いてゲガをしないように皆で注意を払いました。当日の気温は34℃近くまで上がり、長袖での土嚢つめ作業では、すぐに全身汗だくになってしまいました。小学生の子供を含めた十二名のボランティアが作業を一日行いましたが、時間内に依頼を完了することはできず、復興のためにはまだまだボランティアの人員が必要とされていると実感いたしました。

 

 

ボランティアへ行った時は災害から一ヶ月が過ぎたころでしたが、浸水した家屋はやっと泥出しと消毒が終わっただけで、まだまだもとのように住める状態ではなく、被災地は復興の道半ばといった状況でした。また実際に現地に入り、時間の経過とともに支援のニーズが変わることに気づくことができました。すなわち災害から一ヶ月が過ぎ、生活必需品など物資による支援から被災者に寄り添い気遣う、傾聴するといった支援に重きが移っているように感じました。

この度の災害に際し心からお見舞い申し上げますとともに、一日も早い復興をお祈り致します。