法話

親子愛

野口明広 長泉寺中(千葉県柏市)/千葉1号仏青会員

なにかと親子間で事件が起きる昨今ですが、以前、檀家さんからお聞きしたこんな話を紹介したいと思います。

その檀家さんが新築の家に引越ししたばかりの頃、猫の鳴き声が、連日響いてきたそうです。
ところがどこを探しても、猫は見あたらない。
それと同じ頃、もう1つ不思議なことが起きました。ドン!という音が、玄関から何度も響くのです。その音の正体も猫。
どうやら猫がやってきて、叩いていたとのこと。正確には、玄関のドア上部にはめられた、ガラス張りの箇所があり、垂直の壁をよじ登った猫が、ガラスを破るかのように、自ら思い切り当たってくるのだそうです。

その家には、何度も足をはこんでいますが、玄関の上のガラスまで、猫がつかまるようなところは殆どありません。必死に助走をつけ、跳躍し、爪を使って無理矢理に、よじ登ったのでしょう。
猫には、そこまでする理由があったのでしょうか?そしてどこからか聞こえてくる猫の泣き声とは?

ある日、檀家さんは、連日聞こえる猫の声が、どうやら天井裏の、普段立ち入ることのない場所から響いていることに気がつきました。そこで壁の中を調べることにしたそうです。壁の向こうへ通じる、4つのボルトで固定された小さな扉を開けると、中から2匹の子猫が出てきました。

真相はこうでした。どうやら家の工事中に猫の家族がそこに住みついたようなのです。
とはいえ大工さんは気づくでしょうから、檀家さんには内緒にして、家の建築中こっそり飼っていたのでしょう。
ところがちょっとミスでもしたのか、子猫を残したまま家を完成させ、外界との出入り口を4つのボルトで固定してしまいました。
それによって子猫は閉じ込められてしまい、連日家の見えないところから泣き声が響いたわけです。

では、玄関脇の壁をよじ登る、もう1匹の猫はなんでしょう。そちらの猫は、すでに大人の猫でした。そうです。閉じ込められていた、2匹の子猫の親だったのです。親猫が外出したときに家が完成してしまい、そのうち檀家さんの一家がやってきてしまった。
その結果、親猫は子猫のところへ、出入りできなくなってしまったのです。

親猫にとって、かけがえのない子供たちと、離れ離れになってしまったことは、この世に2つとない、悲劇だったに違いありません。そのため、玄関に駆けつけては、ガラスにぶつかり続けました。
親猫にとって行く手をさえぎる透明なガラス板は、最愛の子供たちへとただ一つ通じている開かれた扉だと思ったのでしょう。

そこを通りぬけるため、垂直の壁を死に物狂いでよじ登り、ガラス板に到達し、無念にもはじき返され、壁から落ちていったのです。その時の気持ちを思うと、ただ胸が痛くなってきます。

檀家さんは子猫を救出した後、次に親猫が迎えに来るまで少しの間お世話をしました。
そして親猫が現われると、2匹の猫を差し出してあげたそうです。その時の光景は劇的だったといいます。親猫と子猫が対峙すると、まるでお互いを確かめるかのような泣き声を放ち続けたそうです。

今でも脳裏を離れない、凄まじい声。動物にも深い親子愛が存在する。そんなことを感じたお話でした。